null²
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null² | |
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ヌルヌル | |
![]() null²の外観 | |
概要 | |
現状 | 完成 |
所在地 |
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開業 | 2025年4月13日 |
所有者 | 2025年日本国際博覧会協会 |
技術的詳細 | |
床面積 | 655.46 m² |
設計・建設 | |
建築家 |
落合陽一(プロデューサー・外装および内装の意匠統括) NOIZ(建築デザイン) Asratec(ロボティクス) raw(外装映像) |
null²(ヌルヌル、null2[1])は、2025年に大阪府大阪市此花区夢洲で開催された大阪・関西万博で展示されたパビリオンで[2]、万博会場中心に位置するシグネチャーパビリオンの一つである[3]。万博のテーマ事業として「いのちをみがく」をテーマに鏡をコンセプトとして設計、建築されたパビリオンで、メディアアーティストの落合陽一がプロデュースし、建築設計事務所のNoizが建築設計およびデザインを担当した[4][5]。
伸縮可能な素材を用いた鏡状の立方体を積み重ねた外観で、立方体内部にはロボットアームが組み込まれており、建物自体が振動収縮可能な設計となっている[5]。外装に用いられた伸縮性と鏡面性を両立させる素材はこのパビリオンのために太陽工業によって開発され、ミラー膜と命名された[4]。建物内部は8メートル四方のミラールームとなっており、特殊なLEDを使用した没入体験型のパビリオンとなっている[5]。
名称
[編集]パビリオンの名称はプログラミング用語における何もない状態を示す「Null」と、仏教における実態がないことを示す「空」をかけあわせたものに由来しており、空の理法でもある『般若心経』のなかに登場する「色即是空 空即是色」部分に「空」が二度登場することから「null²」という名称になった[6]。パビリオン名称は2022年4月にプレスリリースされたプロジェクトの基本計画策定発表の中で初めて公開された[7]。
コンセプト
[編集]2020年時点で5年後のデジタル技術の進化を想定し「ギリギリ実現できる最先端のパビリオンを狙った」としている[8]。設計を担当したNoizは、落合より「器としてのスタティック(静的)な建築ではなく、デジタル技術を用い、現実世界でその場を訪れる人と建物が交感、または場所を超えて世界中の人とつながる“動的な建物”を創って欲しい」と依頼を受け、ボクセルを用いて積層していく建造物の構想を提案した[9]。
鏡の使用
[編集]2020年7月にプロデューサーに就任した落合は、当時インスタレーションの作品を制作していたことなどが契機となり、鏡をモチーフとした作品を制作したいと考えたと述べている[8]。パビリオンのテーマは「いのちを磨く」となっており、磨いて用いる銅鏡などの鏡が制作のヒントとなっている[10]。落合陽一は、1970年の大阪万博で岡本太郎が「太陽の塔」を通じて示した縄文時代の象徴に対し、25年大阪・関西万博では「弥生モチーフ」としての鏡を提示していると言及している[11]。
デジタルネイチャー
[編集]落合陽一が提唱する「デジタルネイチャー(計算機自然)」とは、人間・自然・テクノロジー・データがシームレスに接続され、境界が溶け合った新しい生命圏のビジョンである[12][11]。デジタルネイチャーは単なるデジタル空間の自然ではなく、「人・モノ・自然・計算機・データが接続され脱構造化された新しい自然」として定義され、null²はこのコンセプトを具体化したパビリオンであるとされている[11]。
社会彫刻
[編集]ドイツのアーティストであるヨーゼフ・ボイスは、人間の意識的な社会活動を芸術作品と見なし、芸術は社会を変革する力になるという思想を前提として「社会彫刻」を提案しており、null²にはこれを意識した要素が盛り込まれている[2]。落合陽一は社会実装まで含めた活動全体を「一つの社会彫刻のような作品」と表現しており、null²は人々の体験を通じて社会に働きかける参加型アートとしての機能も有しているという[11]。
特徴
[編集]外観
[編集]万博でのパビリオン建設にあたって設計を担当したNOIZは、落合からの要件をもとに2メートル四方と4メートル四方の立方体を組み合わせてマインクラフトのようなデザインの建造物を提案した[9]。組み合わせ自由度の高い設計であったことから、NOIZの笹村佳央は、「世界情勢の急激な変化などを受け、材料などの建築コストが増加し、当初の予算内に収めることが難しくなっている。(中略)編集自在なヴォクセルだったため、当初のデザインイメージを損なわずにサイズをコンパクトして、コストを抑えられた」と、想定外の事態に対しても大きなコンセプトの変更なく対処できた旨を語っている[9]。
建物は鏡面仕立てとなり、一見するとステンレス鋼のような硬質なイメージが想起されるが、そのイメージをあえて裏切るために鏡面かつ伸縮性のある素材が考案された[13]。要件を満たす膜材の開発を行うため、被膜メーカーである太陽工業が参画し、null²のためにミラー膜と呼ばれる新素材を2年半かけて開発した[4]。この素材を使用して「ホルン型」と呼ばれる中央部をくぼませた形状の部品と、「平面型」と呼ばれる平面仕上げの形状の部品を用意し、これらを組み合わせて立方体を制作した[4]。ホルン型の部位は湾曲した形状により眺める角度を変えることで映り込む風景が変化する効果をもたらし、平面型の部位は表面が波打つように揺らぐことで映り込む風景がゆがむ効果をもたらし、これらを組み合わせることで落合の要望であった「動的な建物」を実現させた[4]。また、これらをプログラム制御したロボットアームで押したり、叩いたり、引っ張ったりすることで意図的かつ局所的なゆがみを生成できるよう設計された[4]。これらの制御は産業用ロボットの制作などを手掛ける電機機器メーカーファナックが担当した[4]。
内装・空間演出
[編集]null²パビリオン内部には、床・壁・天井の全面が鏡面および映像装置によって構成された「ミラーシアター」が設けられている[14]。来場者は、自らの姿とリアルタイムに生成されるCG映像が無限反射する没入型空間を体験し、自我や現実の感覚が分散・解体されるような錯覚を味わうことになる[15]。このシアターは日本最大規模のLED映像システムを採用しており、巨大モノリス型ディスプレイやロボットアームにより可動する天井部の立方体スクリーンが設置され、空間自体が生きているような動的演出を可能としている[16]。
アート要素と技術
[編集]null²パビリオンでは、建築自体が巨大なメディアアート作品として設計されている。外装は産業用ロボットアームを用いて膜面を変形させるキネティック・アートであり、協賛企業であるファナック株式会社のロボット16台が使用されている[17]。内部では生成AI技術を活用したリアルタイム映像生成が行われ、来場者のデータに基づき、自らと対話可能なデジタルアバター「Mirrored Body®」が生成される[15]。これらを通じて、観客は自己と他者、現実と仮想の境界が曖昧になるインタラクティブ体験を味わうことができる[16]。この技術は、健康管理や本人確認などの用途での活用が期待されており、落合陽一は未来の可能性として、「意識を失った状態でも、救急隊員がデジタルヒューマンと対話する」といった状況も想定している[11]。
制作
[編集]建築デザインはNOIZが担当し、施工はフジタ・大和リース共同企業体が請け負っている[16]。また展示コンテンツの企画制作には一般社団法人「計算機と自然」、映像制作スタジオ「WOW」などが参画しており、ファナック株式会社、岩崎電気株式会社、太陽工業株式会社などが技術面で協力・協賛している[18][19]。落合は、全関係者がエンジニア兼クリエイターとして自律的に参画するチーム運営の形態を特徴としていると述べている[15]。
体験内容
[編集]null²では、「人類が見たことのないインタラクティブな構造体と身体のデジタル化により、未知の風景と体験をもたらす」ことを目指している[20]。内部には壁面を鏡、天井と床をLEDパネルで覆ったシアター空間が設けられており、来場者の3Dスキャンデータを使ったデジタルアバターとCG映像が連動した没入的な体験が提供される[21]。
パビリオンは「彫刻的モニュメント」の役割も果たしており、内部に入場しなくても外観鑑賞だけでも体験が可能[22]。
評価
[編集]「デジタルが当たり前に浸透する社会のなかで、人間の存在意義やその変化を問いかける意欲的なパビリオン」と表されている[23]。また、来場者からは「強烈でした」「めっちゃよかった」「鳥肌がたった」といった感想も寄せられているという[24]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 篠原 2025, p. 2.
- ^ a b 三部 2025.
- ^ “テーマ事業「シグネチャープロジェクト(いのちの輝きプロジェクト) - 「シグネチャーパビリオン」とは?”. EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト. 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会. 2025年4月26日閲覧。
- ^ a b c d e f g 川又 2025.
- ^ a b c 橋爪 & 安原 2025, p. 7.
- ^ 篠原 2025, p. 3.
- ^ “大阪・関西万博テーマ事業「いのちの輝きプロジェクト」基本計画策定”. EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト. 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 (2022年4月18日). 2025年4月26日閲覧。
- ^ a b 増田 2025.
- ^ a b c 加藤 2025, p. 1.
- ^ 川又英紀 (2024年9月1日). “落合陽一氏の万博パビリオン「ヌルヌル」、風景ゆがむ世界初のミラー膜材が完成間近”. 日経クロステック. 2025年4月23日閲覧。
- ^ a b c d e 長坂邦宏 (2024年12月26日). “落合陽一氏が大阪・関西万博で披露”. 一歩先への道しるべ ビズボヤージュ. 日経BP. 2025年4月23日閲覧。
- ^ 落合陽一 (2025年3月11日). “1200号記念特集 8 SINIC理論とデジタルネイチャー”. note. 2025年4月23日閲覧。
- ^ 加藤 2025, p. 2.
- ^ “シグネチャーパビリオン「null²」”. 2025年日本国際博覧会協会. 2025年4月24日閲覧。 [リンク切れ]
- ^ a b c 福岡龍一郎 (2025年3月7日). “落合陽一氏のパビリオン『ヌルヌル』が公開、自分のアバターと対話も”. 朝日新聞デジタル 2025年4月24日閲覧。
- ^ a b c “NOIZがデザインを担当、落合陽一氏プロデュース、豊田啓介氏デザインのパビリオン〈null²〉(ヌルヌル)”. TECTURE MAG (2025年4月8日). 2025年4月23日閲覧。
- ^ “2025年日本国際博覧会 シグネチャーパビリオン『null²』への協賛が決定”. ファナック株式会社 (2024年12月11日). 2025年4月24日閲覧。
- ^ “2025年日本国際博覧会 シグネチャーパビリオン『null²』へ協賛決定”. 岩崎電気株式会社 (2025年2月4日). 2025年4月24日閲覧。
- ^ “2025年大阪・関西万博 シグネチャーパビリオン『null²』へ膜材提供決定”. 太陽工業株式会社 (2024年12月15日). 2025年4月24日閲覧。
- ^ “落合陽一氏プロデュース、大阪・関西万博パビリオン「null²」特設サイト公開─「いのちを磨く」をテーマに未知の体験を提供”. 知財図鑑. 2025年4月23日閲覧。
- ^ “大阪万博シグネチャー館「null²」、落合陽一氏など担当 デジタルと自然を融合”. 日本経済新聞. (2025年3月7日) 2025年4月23日閲覧。
- ^ “落合陽一《null² (ヌルヌル)》ふたつの鏡を通して現実と仮想の世界を行き来する”. AXIS Web (2025年4月). 2025年4月23日閲覧。
- ^ 橋爪勇介、安原真広 (2025年4月3日). “大阪・関西万博で見るべき「シグネチャーパビリオン」|Page 7”. 美術手帖. 2025年4月27日閲覧。
- ^ “"予約・抽選対象"パビリオン プロデューサー「やっと整理券自動化が導入」報告「対応早い」【関西・大阪万博】”. ORICON NEWS. オリコン (2025年4月19日). 2025年4月23日閲覧。
参考文献
[編集]- 川又英紀 (2025年1月17日). “落合陽一氏の万博パビリオン「ヌルヌル」 風景ゆがむ“鏡の再発明””. 日経BOOKプラス. Nikkei Business Publications. 2025年4月25日閲覧。
- 加藤泰朗 (2025年2月7日). “落合陽一氏の万博パビリオンを手掛けた「NOIZ」が語る「フィジカルとデジタルの境界に浮かぶ未来の建築設計」”. BUILT. アイティメディア株式会社. 2025年4月25日閲覧。
- 橋爪勇介,安原真広 (2025年4月3日). “大阪・関西万博で見るべき「シグネチャーパビリオン」”. 美術手帖. カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社. 2025年4月25日閲覧。
- 三部朗 (2025年4月7日). “フィジカルとデジタルが混ざり合う“新しい自然”を体感できるパビリオン”. 知財図鑑. 株式会社知財図鑑. 2025年4月25日閲覧。
- 増田隆幸 (2025年4月12日). “【万博開催】落合陽一氏が万博で描く2025年の最先端──自分で保有する自分のデジタルコピーが自分専用のAIになる【2025年始特集】”. CoinDesk Japan. N.Avenue株式会社. 2025年4月25日閲覧。
- 松永弥生 (2025年4月14日). “藤本壮介氏と落合陽一氏が万博見どころ解説 海外パビリオンなど写真で巡るメディアデー”. BUILT. アイティメディア株式会社. 2025年4月25日閲覧。
- 篠原匡 (2025年4月15日). “意外に楽しかった大阪万博、福岡伸一氏の動的平衡と落合陽一氏のヌルヌルが指し示すディストピアの先のユートピア”. JBpress. 株式会社JBpress. 2025年4月25日閲覧。